教育ジャンピンニー

学習塾教室長の目、父親の目から見た「ちょっと地方の中学受験、高校受験対策」を紹介します

リカセン 5/6【中1理科 地震の伝わる速さ 復習】

夏休みは終盤になり、セミの鳴き声が少し減った気がする。毎年こうやっていつの間にか聞こえなくなる。

 

「そしたら、次いこうか。」

今日は地震の話だ。今日の授業で1年生の範囲はだいたい復習が終わるだろう。

「音の分野でカミナリの速さを求めたけど、覚えているかな。」

「だいたい秒速340メートル。」

「いいね。今日は地震の伝わる速さとか震源地までの距離が求められるか復習しよう。」

この問題もグラフの読み取りや計算が多いのだが、数学が得意なあやめは解説不要で解いている。理科の大地の分野で扱っているが、実際は数学で出題されてもいいような内容だ。今日の自分はいなくてもいいのかもしれない。

 

「こうやって問題解いてみると、初期微動で地震に反応するってことがとても大事だってわかるよね。」

「うん。地震って揺れている間は怖いんだけど、止まってからワクワクするっていうか友達と盛り上がったかな。」

「そうなんだ。先生は苦手かな。先生のお父さんは青森県出身で、津波てんでんこの話を聞かされていたんだよ。津波てんでんこって知ってるかな。」

「つなみてんでんこ?」

首をかしげて考えている。

「また語呂合わせですか。」

と若干笑いながらあやめが聞いてくる。

津波、天気、電気。あとは、んー、昆布巻き。」

昆布巻きは謎だけど、相変わらず面白い発想だ。

「語呂合わせではなくて、東北の方言らしいよ。」

実際、自分も「てんでんこ」なんて言葉を使ったことはないが意味は聞かされていた。正直あまり詳しく知っているわけではない。おやじが小さかった頃に三陸地震があったらしく、そのときの教訓らしい。

東日本大震災でも改めて話題になっていたので、東北ではかなり知られた方言なのだろう。

 

「てんでんこというのは、てんでばらばら、各自一目散に、ということらしいんだ。」

想定以上に計算問題が早く終わりそうなので、多少脱線しても大丈夫だろう。

「つまり、津波がきたらひとりひとり一目散に逃げなさい、ということだね。」

「そんなの当たり前じゃないんですか。」

「そりゃそうなんだけど、昔から何度も被害を受けてきた地方の教訓みたいだよ。あやめさんは、もし海の近くで津波が来るぞって聞いたらどうする。」

理科の質問としてはかなり非現実的だ。津波もイメージしにくし、ここは栃木県なのでそもそも津波の心配をする必要がない。自分はいったい何の話をしたいのかわからなくなりそうだ。

津波が来るぞって聞いてもウソでしょ、と思っちゃうかも。」

「そうなんだよ。ウソでしょ、って思って一回遅れる。次にどうするかな。」

「どうしようって周りの人たちを見ちゃうかも。」

「そうだよね。どうしようと思ってまた遅れる。さらに大人だったら誰かを助けなきゃと思って、逃げられない人を探したりするだろうね。これで相当遅れちゃう。」

津波が来ちゃう。」

「そう。そうやって本当は助かる命がたくさん失われたらしいんだ。」

「そうなんだ。」

あやめは真剣な目で聞いている。

「海の近くに住んでいる人たちは悲劇を教訓に、津波てんでんこという合言葉を考えたって話らしいよ。」

あやめは動かない。

「別に海じゃなくても、本当に緊急事態のときにはみんなが一目散に逃げていたら、それを見た人も一目散に逃げるよね。みんなの第一歩が早くなるんだ。他にも津波てんでんこのいいところがあるんだけどわかるかな。」

無茶な質問だろうと自分でも思った。

あやめは珍しく一言も言わない。

「お互いが信頼関係で結ばれていなかったら、この津波てんでんこは成り立たないんだ。あいつも逃げているはずだから大丈夫だ、と自分の身を守ることだけを考えればよくなるね。」

あやめは何かを想像しているんだろう。自分の周りのことかもしれないし、東日本大震災のニュースを思い出しているのかもしれない。小学3、4年生の頃のはずだ。

「もし自分の命だけが助かったとしても、そのときの心のダメージが少なくなることもあるらしいね。お互い助け合うことが前提だとどうなるかな。自分だけが助かってしまったら、なんで助けられなかったんだろうって何年も後悔することになるんだ。」

 

本当はもう少し話の続きがあったのだが、あやめが喋らなくなってしまったのでもうやめよう。こんなに津波の話を真正面から聞いてくれるとは思っていなかった。本当にいい子だ。

 

あやめは確かバレー部だったと記憶している。

「バレーはいつからはじめたの。」

空気を変えようとしているのがバレバレだ。

「中学校に入ってからだよ。」

「そうなんだ。高校でもやるつもりなのかな。」

「リカセン先生は、中学生のとき何の部活だったの。」

質問に質問で返してくるなんて珍しい。ちょっと変な間をつくってしまった。

嘘を言うわけにはいかない。

「写真部。」

「えー、似合ってるー。やばい。」

あやめは笑顔になった。

似合ってると言われても、意外と言われてもうれしくない。これは自分のせいではなくて間違いなく写真のせいだろう。そんなことよりあやめが笑顔になったのでほっとした。

 

「なんで写真部だったの。」

「おやじがカメラ関係の仕事をしているから、昔からカメラで遊んでいたんだ。」

 カメラ関係って何ですか、と聞かれたら困る。

「でもさ、最近のスマホのカメラもすごいけど、昔ながらのカメラもいいよ。プロのカメラマンの写真って見たことあるかな。色とか奥行きが全然違うんだ。」

「七五三とか卒業写真とか。」

プロのカメラマンの写真よりアルバムの写真、みたいな言い方の方がわかりやすかったかもしれない。

それにしても写真の話なんて珍しい。

「そうそう、先生が見ればスマホで撮った写真か、プロがバズーカみたいなカメラで撮った写真か、一発でわかるよ。」

望遠カメラで撮る構えをしてみせる。

「へー、先生すごいね。」

女子中学生はこんなことで驚くのか。こっちこそびっくりだ。

 

「先生はあれだよ。実はね、昼間は写真屋さんでカメラマンをしているんだ。」

なんでこんなことを言ったのかわからない。

聞かれてもいないのに話したのは初めてかもしれない。

「へー、リカセン先生頑張ってよ。昼間はカメセン先生だね。」

どういう思考回路なのかよくわからないが、馬鹿にしている様子はなくうれしかった。

「あやめさんもあと半年、受験まで頑張りなよ。」

「カメセン先生もてんでんこだよ。」

使い方が違うような気もしたが、思わず笑ってしまった。

 

写真屋の仕事、塾講師の仕事って中学生の目から見たらどんな仕事なのだろう。

自分が勝手に大した仕事ではない、と決めていたけど仕事の種類ではないのかもしれない。自分の仕事が誰かに影響を与えるなんてことがあるのだろうか。

気温20度くらいの帰り道もずっと考えていた。